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シスター & プリンセス

夜明け前より瑠璃色な SS (朝霧 麻衣)



「あれ、どしたの菜月。全然お弁当進んでないじゃん」
 そんな遠山の声が耳に入ったので菜月のほうに顔を向けてみると、菜月はぼんやりと
窓の外を眺めていた。
 外は雨。今年の梅雨が長引いているのか、7月の下旬を迎えても毎日のように
雨が降り続いている。しとしと、というよりもどざー、という感じで、さすがにこれだけ
降っていればダムの方もお腹が一杯だろう。
「お腹空いてないの?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど」
 菜月は元気なく首を振ると、ほとんど手のつけられていない弁当から香ばしい匂いが
立ち上りそうな色の卵焼きを口にほおりこんだ。
「最近ずっとこんなお天気でしょ。お店のほうもあまりお客さんが来なくてね……」
 顔をしかめながらもぐもぐと口を動かす菜月。
「大変だねぇ。わたしも部活の練習場所が確保できなくて苦労してるけど、菜月のほうが
切実だね」
 そういや、麻衣も練習が出来ないってこぼしていたな。
「ねえ達哉。何かいい方法はないかな」
 いつかは雨もやむのだろうが、それをぼんやり待っているわけにはいかない。
「そうだなあ、何かお客が惹き付けられるような催しでもあればいいんじゃないか?」
「たとえば?」
「……確か何かの本に書いてあったんだが、酒場で吟遊詩人が奏でるリュートで
女の子が歌を歌ってお客から喝采を浴びる、ってのを読んだことがある」
 実は歌ってるのはお忍びで城下町に来ていた姫さまだったんだよな。
「それじゃあ、翠の演奏でフィーナが歌を歌うってのはどうかな」
「ああ、それはいいアイデアなんじゃないか」
「ちょ、ちょっと夫婦そろって勝手に話を進めないでよ〜」
 遠山があわてて文句を言う。って、誰が夫婦だ。
「……ぼっ」
 菜月はわかりやすく瞬間沸騰してるし。
「そうね。遠山さんの言うとおりだわ」
 購買から戻ってきたフィーナが少し疲れた表情で目の前に立っていた。両手に大事そうに
袋を抱えているところを見ると、お目当てのシュークリームパンは手に入ったようだ。
「私にだって都合と言うものがあるのだから、事前に相談してもらわないと困ります」
 フィーナは静かに自分の椅子に座ると、ゆっくりとシュークリームパンを取り出した。
「ごめんなさい。翠とフィーナの都合を考えてなかったね」
 ぺこりと頭を下げる菜月。
「別に怒ってるわけじゃないけどね。……ただ、発表会ならともかく、お店で演奏するのは
ちょっと恥ずかしいんだ。ごめんね」
 いつもより菜月の元気がないため、遠山もなんとなく言いにくかったようだ。
「私は、時間さえ取れれば構わないのだけれど」
「えっ、いいの?」
 フィーナの言葉に、沈んでいた菜月の目が輝いた。
「ただし、演奏してくれる人がいるなら。ひとりではさすがに恥ずかしいわ」
 そう言うと、フィーナはシュークリームパンを幸せそうな表情で食べ始めた。


「……と言うわけで、麻衣に白羽の矢が立ちました」
 あの、お兄ちゃんが言っていることがよくわからないんだけど。
 今日の夕食は「左門」の日。いつものように朝霧家と鷹見沢家のみんなで食事をしていると、
お兄ちゃんがわたしに言った。え、 白羽の矢って?
「あのね、麻衣。しばらくの間……この梅雨が終わるくらいまででいいんだけど、うちでアルバイト
してくれないかな」
 菜月ちゃんが、申し訳なさそうに言った。
 それから菜月ちゃんに話を聞いてみたところ、この普段よりも長続きしている雨のせいで「左門」の
売り上げが芳しくなく、それでお客さんを集めるための企画を思いついたみたい。
「で、でもわたしだってみんなの前で演奏するのは恥ずかしいよ。遠山先輩が断った気持ちはすっごく
わかるもん」
「なるほど。でも麻衣はいつも川原で練習してるじゃないか」
 ……それは、お兄ちゃんがそばにいてくれるからだよ。
 言葉にすることの出来ない想いを胸に秘めて、私は呟いた。
「お兄ちゃんの鈍感……」
「えっ、何だって?」
「何でもありませんっ」
 私はぷいっとお兄ちゃんからそっぽを向いた。
 でも、菜月ちゃんのお手伝いはしてあげたい。演奏うんぬんはさておいても、何かわたしに
できることは…。
「ねえ、麻衣。麻衣が恥ずかしいと思うように、私も人前で歌うのは恥ずかしいわ。それでも、私は
麻衣が一緒にいてくれるなら、やる気が出ると思う。菜月も達哉もそばにいてくれるのだし、ね」
 フィーナさんも恥ずかしいって思うんだ……。そう思っていることにわたしは驚いた。
 いつも完璧な立ち居振る舞いを見せているフィーナさん。人前で歌うなんて当たり前のように
出来るのかと思っていた。でも、違うんだ。一生懸命努力して、それで弱点を克服するんだ。
 以前、ホームステイに来て間もない頃、フィーナさんは慣れないお箸の使い方を猛特訓して
いたっけ……。
 そう思ったら、わたしもやらなくちゃって思った。
 お兄ちゃんのほうをちらっと見たら、にっこりと笑って頷いてくれた。……うん。
「菜月ちゃん、わたしやってみる」
「いいの?」
「うん。フィーナさんも一緒だもん。きっと大丈夫だよ」
「ええ、あなたと一緒なら、きっと大丈夫だわ」
 そう言って差し出してくれたフィーナさんの手を、わたしはしっかりと握った。


 からんころん、とドアの開く音が聞こえた。
「いらっしゃいませ」
「い、いらっしゃいませー」
 店内にフィーナさんとわたしの声が響く。
「うーん、60点ってところかな」
 お兄ちゃんが渋めの採点を告げた。
 今はディナータイムの開店前の時間。今日からアルバイトをはじめるわたしたちは、お兄ちゃんと
菜月ちゃんに手伝ってもらって、接客の練習をしているのだった。
「フィーナは発音はしっかりしてるから、もう少し大きな声で。さっきの菜月のお手本みたいに
バカデカイ声じゃなくてもいいけどね」
「何言ってるのよ。これぐらいでちょうどいいんだから。麻衣はちょっと緊張してるのかな。
恥ずかしがってるのが声に出てるよ」
「う、うん……」
 だって。
「この衣装を着るなんて、思ってなかったんだもん……」
 そう、わたしたちはウェイトレスの衣装に身を包んでいたのだ。
 よく考えてみれば、「左門」で働くのだから当然その仕事に合った制服を着る必要があるわけで。
 フィーナさんはともかく、わたしにとっては少し胸元がぶかぶかしているのが恥ずかしかった。
それこそ、お客さんの前でフルートを吹くことよりも恥ずかしいかもしれない。
 ううっ、菜月ちゃんのスタイルの良さがうらやましい。
「……ま、まあ、俺が言うのもなんだが、よく似合ってるんじゃないか、ソレ」
 なぜか微妙にわたしのほうから目をそらしながらお兄ちゃんが言う。
「……ほんと? じゃあ、なんで目をそらすの」
「いや、ほらスカートがちょっと短くないかと、思ったりするんだが……」
 そうかな。学院の制服のスカートと同じぐらいだと思うけど。
 菜月ちゃんとフィーナさんを見ると、ふたりともくすくすと笑っていた。
「ふふふ。大丈夫よ、麻衣。達哉は麻衣の格好がとってもお気に入りみたいだよ」
「そうね、菜月の言うとおりだわ。で、達哉。私はどうかしら。まだ達哉の感想を聞かせてもらってないの
だけれど?」
 フィーナさんはスカートのすそを少し持ち上げて、くるりとまわってお辞儀する。思わず女のわたしでも
見とれてしまうほど、その振る舞いは美しかった。
「あ、ああ。すごく似合ってるよ、フィーナ」
 少し動揺しながら答えているお兄ちゃんがおもしろくて、でもほんの少しだけ胸の奥がちくんとした。
「じゃあ、そろそろ開店時間だからみんなよろしくね。フィーナと麻衣は、しばらくは私と達哉の
どちらかがサポートにつくから心配しなくてもいいよ」
「わかりました」
「はい!」
 お腹の中からしっかりと声が出た。気が付けば、先ほどの緊張はどこかへと消えていた。












おわり


あとがき

PCゲーム「夜明け前より瑠璃色な」のSSです。
おわりって書いてますが、ストーリー自体は続きそうな雰囲気ですね。
もうすぐ麻衣の誕生日ですしね(笑)。
このお話のきっかけは「G’s magazine」に連載中のオフィシャルノベルの次回予告でした。
残念ながら発売には間に合わなくて、書き始めた意味が半分ほどなくなってしまいましたが、
ネタがかぶらなかったので気にしないことにしました。


それでは、また次の作品で。

2006年7月30日 ある晴れたとても暑い日♪

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